大判例

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前橋家庭裁判所 平成7年(少ロ)1号 決定

少年 T・K子(昭和51.8.12)

主文

少年に対し、金3万円を交付する。

理由

1  本件の基本事件は平成7年少第444号であり、同事件について当裁判所は、第1回(平成7年5月11日)審判において、その送致事実である窃盗幇助について非行を認めず、右事実と重複するぐ犯事実に認定替えする旨判断し、右ぐ犯事件については、本人を家庭裁判所調査官の試験観察に付した上、第2回(平成7年12月20日)審判において、少年を保護処分に付さない旨の決定をした。

基本事件記録によれば、本人は、平成7年3月30日、基本事件の送致事実と同一性のある事実で逮捕された後、同月31日から同年4月19日まで勾留され、同日、新潟家庭裁判所長岡支部に送致された上、観護措置によって同年5月11日まで少年鑑別所に収容されて身柄を拘束されたことが認められる。

2  そこで、本人に対する補償の要否について検討するに、右送致事実は認められなかったものの、本人は、無為徒食の生活を送る中でテレホンクラブを通じて中国人男性らと知り合い、右男性らがヤクザ者であり、密輸団、あるいは、いわゆる「ゴト師」等の犯罪性のある集団であると認識しつつ、右集団のアジトと思われるアパートに出入りし、金品欲しさから右集団の指示に安易に従い、窃盗の下見と思われる行動を共にしたり、窃盗の現場へ赴くなどしていたことから、右送致事実と重複するぐ犯事実が認定できたのであり、かつ、これについて観護措置をとる必要性があったと認められる。したがって、少なくとも観護措置による身柄拘束には不当性はなく、観護措置期間について補償をしないのが相当である(少年補償法3条2号)。

逮捕・勾留の期間については、その当時、右送致事実をめぐる周辺の事実から、本人について相当の嫌疑が存在していたのであって、逮捕・勾留されるのもやむを得なかったものと認められるが、本来、ぐ犯事実であれば、逮捕・勾留され得ないものであったこと、逮捕・勾留の期間が20日間と長期間にわたっていること(逮捕・勾留の期間は21日間であるが、勾留期間の末日は、観護措置期間の初日と重複しているから、これを算入しないこととする。)、本人が終始一貫して否認し、その弁解や供述内容が評細であり、かつ、本人と行動を共にしていたAの供述内容と符合していたことなどの事情に鑑みれば、この期間については補償をするのが相当である(同法3条2号、3号参照)。

3  次に、逮捕・勾留の期間の補償金額については、逮補・勾留の当時、本人が無為徒食の生活を送っており、かつ、就労する予定もなかったこと、逮捕・勾留されなければぐ犯行状を重ねた可能性もあったことなどの事情を総合考慮し、1日につき1500円の割合で算出した金3万円とするのが相当である。

よって、少年補償法5条1項、2条1項により、主文のとおり決定する。

(裁判官 後藤充隆)

〔参考1〕 窃盗幇助保護事件(前橋家 平7(少)444号 平7.12.20決定)

主文

この事件については、少年を保護処分に付さない。

理由

1 本件については、第1回(平成7年5月11日)審判において、送致事実である窃盗幇助について非行を認めず、右送致事実をぐ犯事実に認定替えし、これについて、少年を前橋家庭裁判所調査官○○の観察に付する旨決定した。

2 少年は、試験観察期間中、就業先がなかなか見つからず、アルバイトとして就業したコンビニエンスストアも、少年が結婚を前提に付き合っていたT・Y(昭和51年11月10日生)との間の子を妊娠したり、その自宅(T・Yの両親らの住居)に同居するようになって頓挫してしまった。しかし、少年は、それまで母親と同居して安定した生活を送り、調査官の呼び出しにもきちんと応じて生活状況を報告していたのであって、送致事実に係る中国人男性らから少年の携帯電話に「東京に来てくれ。」との連絡が入ることがあっても、警察に連絡してその対策を指導してもらっており、右男性らとの交際を絶つ決意を固めている。

3 少年は、平成7年10月16日にT・Yと婚姻し(挙式は同月10日)、その後、住居地で夫婦だけの生活を始めた。夫であるT・Yは、その実家の家業である建築業に従事して安定した就業状況にあり、少年の妊娠を喜んでいる。また、少年と夫の両親等との関係も良好であって、その援助や協力を受けられる状況にあり、少年は、右状況の下で主婦として落ち着きを見せ、家計をやりくりするなど真面目な生活を送っている。

4 以上のとおり、試験観察の当初の目論見と異なる生活が展開されたが、そもそも、愛情欲求が満たされない家庭で成育してきた少年には結婚に対する強い願望があったのであり、少年が結婚することによって精神の安定がもたらされ、結果的に良好な観察経過を辿ったものと認められる。したがって、もはや少年のぐ犯性は解消されたものと思料され、少年について保護処分に付する必要性はないと考える。

よって、少年法23条2項により、主文のとおり決定する。(裁判官 後藤充隆)

〔参考2〕 試験観察決定(平成7.5.11決定)

主文

少年を家庭裁判所調査官○○の観察に付する。

理由

(認定した非行事実)

少年は、無為徒食の生活をし、暇潰しと小遣い欲しさから、Aらと共にテレホンクラブを利用して男性らと交際し、金品をもらっていたところ、平成7年3月19日、テレホンクラブを通じてBほか4名の中国人男性の集団と知り合い、右集団が窃盗団であるとは認識していなかったものの、右集団の行動、素振りがいかがわしいことから、右集団が密輸団、あるいは、いわゆる「ゴト師」などの犯罪性のある集団であると認識しつつ、「自分が直接犯罪行為を行わなければ構わない。金品がもらえるなら付き合おう。」との安易な考えで、同月30日までの間、右集団と頻繁に行動を共にし、自分が運転する自動車を利用して右集団の移動を援助したほか、右集団がスーパーやデパート、日用品店、紳士服店等で窃盗の下見や実行行為をする際に同行し、右集団の男性1名とアベックを装うなどしていたもので、少年の右生活状況に照らし、将来、窃盗等の財産犯、あるいは、その幇助犯を犯す虞があるものである。

(法令の適用)

少年法3条1項3号ハ

(事実認定の補足説明及び試験観察の理由)

1 本件送致事実の要旨は、「少年は、平成7年3月30日午後1時12分ころ、Bほか4名の中国人男性が、新潟県長岡市○○町××番地×所在の株式会社△△○○町店において、同社所有のネックレス24点及び鍵1個(時価合計139万3700円相当)を窃取した際、右中国人男性1名とアベックを装って行動を共にし、もって、右Bらの犯行を容易にさせてこれを幇助したものである。」というものである。しかしながら、一件記録及び当審判廷における少年の供述を総合すると、少年は、右窃盗行為の当時及びそれ以前において、右中国人男性らの集団と行動を共にしていたものの、右集団が本件窃盗を企図していることを知らず、少年には右窃盗を幇助する意思がなかったものと認められ、本件送致事実を非行事実として認定することはできない。

ただし、少年は、右集団が犯罪性のある集団であることを認識しながら、金品欲しさから右集団と行動を共にしてきたものであり、少年につき判示のぐ犯事実を認定するのが相当である(右ぐ犯事実と本件送致事実は相当程度重複しており、あらためてぐ犯立件の手続きをするまでもない。)。そして、右ぐ犯事実に係る事件につき、現段階においては、少年を家庭裁判所調査官の試験観察に付するべきものと考える。

2 少年の捜査段階及び当審判廷における供述の要旨は、次のとおりである。

〈1〉 少年は、A(当時16歳)と共にテレホンクラブを通じてBらと知り合い、同人らとセックスをして各2万円づつもらったことをきっかけにBほか本件中国人男性らの集団と交際するようになり、「俺たちと一緒にいれば小遣いをやる。」「免許がないので運転手をしてくれ。ガソリン代も出す。」「欲しい物も買ってやる。」などと甘言を申し向けられて行動を共にするようになった。

〈2〉 少年らは、右集団のアジトと思われるアパートに出入りし、右集団からバッグや貴金属関係の仕事をしている旨聞かされ、高価なアクセサリーや札束を持っていたこと、鍵を削ったり、パチンコ台をいじっていたこと、贋物のバッグを持っていたことなどを目撃し、右集団がヤクザ者であり、密輸団、あるいは、いわゆる「ゴト師」などといった犯罪性のある集団と認識していたが、窃盗団であるとは考えず、前述の甘言を受けてその指示に従い、少年の自動車を運転して右男性らの移動を手伝ったほか、右集団の一人とアベックを装い、右集団と共にスーパーやデパート、日用品店、紳士服店等へ赴いた。その際、少年は、スカートを買ってもらったりし、窃盗が行われた様子もなかったが、その行動は不可解であった。

〈3〉 本件窃盗行為が敢行された際、少年らは、盗みをすることなど一切聞かされておらず、それ以前において、右集団から指輪を買ってもらえるとの約束があったため、右約束を是非とも果たしてもらおうと考えていた。そして、右集団の指示に従って、右集団の一人とアベックになり、本件貴金属店に赴いて指輪を選んでいた。少年は、右集団が盗みを実行するのを見ておらず、店員の声で異常を知ったが、なお、指輪を選んでいたところ、右集団の一人に無理やり引っ張られて店外に出て、急いで車を運転するよう命じられ、その指示に従って○○駅まで走行した。右集団は、電車で帰ると言い残して立ち去った。

3 少年が、右集団からその職業についてバッグや貴金属関係の仕事をしていると聞かされながら、右集団がそのアジトと思われるアパート内で鍵を削ったり、パチンコ台をいじくったりしていたところを目撃していること、買い物もしないのに右男性らとスーパー等に出入りして店内を徘徊し、その際、アベックを装うなど窃盗の下見と看られる不自然な行動をとっていたことなどに鑑みれば、少年は、右集団が窃盗団であることを認識し、右集団と意思を通じ合い、本件窃盗現場において、いわゆる「幕」の役割を担ったものとも考えられる。

しかしながら、少年の前記供述は詳細であり、かつ、捜査段階から終始一貫し、少年と同様に本件送致事実を否認しているAの供述と符合していること、右集団は中国人からなり、そのほとんどが日本語に通じない者であって、少年らにおいて、右集団の行動について問い質しにくく、意思の疎通も十分にできなかったこと、少年らが右集団から賍品や分け前を受け取っていないこと、逃走過程において少年が放置されていることなどからすると、少年らは、金品欲しさから安易に右集団の指示に従い、本件窃盗現場で、いわゆる「幕」の役をさせられたものと認めるのが相当である。したがって、本件送致事実である窃盗幇助の事実については、少年において幇助の意思がなかったため、これを非行事実と認めることができない。

4 ところで、少年は、高校中退後定職に就くこともないまま、外泊、シンナー吸引、テレホンクラブ遊び(不純異性交遊を含む)を繰り返してきたものであり、本件中国人男性らの集団ともテレホンクラブを通じて知り合い、右集団が密輸団、あるいは、いわゆる「ゴト師」などの犯罪性のある集団と認識しつつ、金品欲しさから安易にその指示に従って行動を共にしていたのであって、右集団が検挙されておらず、右集団から携帯電話で呼び出しを受ける可能性のある現状においては、少年には、将来、窃盗罪等の財産犯、あるいは、その幇助犯を犯す虞があるといわざるを得ず、本件送致事実を判示のぐ犯事実に認定替えし、これについて保護処分の必要性を検討するのが相当である。

5 少年の母親は、少年が5歳の時に父親と離婚し、少年及びその姉を引き取って実家に戻ったものの、少年が小学生のころから男性関係を持ち、外泊、同棲生活を続け、少年らの監護を祖父母に任せたままにすることが多かった。少年と祖父母の関係は、少年が祖父母を敬遠して必ずしも親密とはいい難く、姉が家を出てからは家庭の求心力が失われ、祖父母も少年の行動を十分に規制することができないでいた。少年は、身勝手な行動をとる母親に対して反発するわけではないものの、諦めの気持ちを抱いており、愛情欲求が満たされないまま刹那的に行動する習慣を身に付け、前記のとおりの生活状況に陥っていた。

少年及び母親は、少年が本件逮捕・勾留(勾留延長)、観護措置により長期間身柄を拘束されたことに危機感を強め、これまでの生活状態、母子関係を改善しなければならないとの認識を持つに至っている。そして、少年は、就業生活を課題とし、将来、付き合っている男性と結婚することを希望としており、母親は、これまで少年を放置してきたことを反省し、少年と一緒に住んで、当面、自分の仕事を手伝わせたいとの考えを持っている。

6 以上に鑑みれば、少年の処遇については、少年の非行性が施設収容を必要とするほど深刻な段階に至っていないこと、今後の少年の就業状況、母親の監護状況等の改善を見定める必要があり、かつ、これらの改善を心理的に促すことが肝要と思われる状況にあることからすれば、少年を家庭裁判所調査官の試験観察に付することが相当である。

よって、少年法25条1項、少年審判規則40条1項を適用して、主文のとおり決定する。(裁判官 後藤充隆)

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